土は安んじている。
わが辺鄙の地、
大和栄山寺境内に配置された八角円堂。
ここに下りきて、水路は急に幅と深さを増し、この耽碧が広重のそれを遙に凌いだことに何の思案があろう。松はただ影を落とせばよかったにちがいない。
かくて千二百年。浮き世の変遷にこの地はいたく銹れた。人は神韻を称するであろう。しかし自分は昵固と風雪に耐へた流麗豊満の天平の夢に思い至ればよかった。
やがて二十年前、国宝八角円堂の礎石の贏弱を憂いた当局は、今後千年の経過にビクともせぬという計算のもとに、礎石にコンクリートを流し、花崗岩の切石でこれを固めた。
ところが最近、こいつが崩壊をはじめたのだ。
雑草と竹根が、この築かれた大盤石に抵抗した。そしてやってのけたのだ。コンクリートは滅多に避け、花崗岩は無慙に崩れた。
土は安んじているのだ。
自分が境内を訪れたとき、亀裂の周囲には床しくも夏草の花が澪れていた。
俄に白雲を浮べた青空に雨簾が懸り、足元から虹が立った。流れも見えぬ水の上には波紋が震え、松影を加えて拡がって行く。
千年を遡る円堂の礎石はおそらく河床の石塊をもってなされたものにちがいあるまい。
《今日、雑草竹根への感動は何と生易しいことであるだろう。》
崩壊をはじめた基礎の上で円堂の廉恥の姿は立派だ。
しかも天平の夢のもと、乾坤を疑わなかったものは、ただに八角円堂の形態美にのみは止らぬであろう。
このサイトについて
このサイトは、奈良県吉野町出身の詩人であり、編集人、装幀家、写真家としても活躍した夭折の作家池田克己(1912~1953)を顕彰し、池田克己の生家である料理旅館「扇屋」跡のはす向かいから発信するバーチャル記念室です。
戦時中の上海では日本文学者を代表するひとりとして、戦後は詩誌「日本未来派」創始者のひとりとして、池田克己は詩才と編集技術を奮い、詩壇の震源地に立っていました。
深尾須磨子、高見順、金子光晴、高橋新吉、草野心平、安西冬衛、北川冬彦、岡本潤、高村光太郎、詩壇がその早逝を惜しんだ池田克己を追う旅は、近代日本を駆け抜けた詩人たちの魂をもあざやかに甦らせます。
今日の池田克己
ニュース
6/30詩人池田克己龍門記念館がオープンします!
このささやかなファンサイトにはじまった顕彰活動が、池田家ご親族の皆様をはじめ、多くの皆様のご協力をいただいて、NPO法人「吉野龍門が生んだ詩人池田克己顕彰会」となり、このたび、私の自宅を記念館としてオープンさせていただくこととなりました。
池田克己は素晴らしい詩人であるとともに、すぐれた編集者であり、プロデューサーでもありました。
吉野大淀にはじまり、上海で、鎌倉で、詩誌の出版に心血を注ぎ続けた彼が目指したもの、それは、誰も支配せず、支配されず、ただ寄り添う「愛と誠実の共同」であり、「連帯」であり、「ぼうばくたる大星雲」でした。
彼の作品と生涯を伝えるこの記念館で、私も、同じ夢を追うことができたらと思います。











