内山完造「池田克己君を悼む」より

【略】

 君が上海時代を思い出すよ。はち切れる様な若々しい大きな身体で、写真機を両手で撫でながら、口角泡を飛ばして、侃々の論諤々の義を吐いて倦むことなかりし漫談の集いは何日までもいつまでも忘れられない楽しいものであった。
 私は何日も思うた。池田君という人間はあれだけ議論好きであって、而も詩人である。何んと考えても矛盾だ。常に不思議に思うておった。「豚」の同人としての池田君。「日本未来派」の同人としての池田君。私は君の詩を見て時には人が違った様に感じたことさえもあった。立派な詩集を出したことがあった。アルスから上海写真集を出したこともあった。私も寄贈の光栄に浴した。

【略】

然し池田君。「そけどなア!うっちゃまさあん。あんたのファンのうちの女房がナアー、一ぺんうちへ来て欲しいというてます。晩飯を食いにナアー」と、君が宝山路に家を持った時の招待の一言は其大阪なまりが忘れられない記念である。
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(一九五三・四・二三 於門司)

出典:「日本未来派」日本未来派 57号(1953年) 池田克己追悼特集号

2024年07月19日|池田克己:エピソード, 内山完造