そのとき天空の一隅に黒い太陽が懸かっていた
前身に縫取のある穈爛した裸の人間が 口から火を吐く白い蛇
が 蝙蝠傘のような水掻をつけた二足獣が 親密そうに顔を寄せ
夜っぴて僕に何事かを語っていた 累卵状の層をなした灰濁色の
もやもやの中で
梧桐の葉に霧の流れる朝明け 彼等はみんな何処かへ去ってし
まった 二つの掌を重ねた僕の胸の内部に 為体の知れぬ厭迫感
を残して
彼等は一体何を語って行ったのだろう 彼等の姿は一々鮮明に
僕の眼底に灼き付いているのに 夜っぴて杜絶えることなく僕に
向って語りつづけられたその言葉は 今は一片の記憶も止めてい
ない しかも僕の胸を覆う瘡蓋のようなものは
その日駅の高架に立ってふと僕は 後から後から階段を登って
くる群衆の姿に眼を注いだ おゝ何とそれは悉く 全身に縫取の
ある穈爛した裸の人間であり 口から火を吐く白い蛇であり 蝙
蝠傘のような水掻をつけた二足獣ではないか
僕は驚駭の思いをひそめ 今一度彼等が夜っぴて僕に語りつづ
けた言葉を聴こうと耳澄ませた
しかしその彼等はもはや夜のようには語ろうとはせず 白々し
い他人の顔で黙々と何か忙しげに後から後から僕のかたわらをす
りぬけて行くだけだった
そのとき僕は 彼等がさも大切そうに夫々一枚の号外を所持し
ていることに気付いた その号外には どれにも特大号の活字で
「戦争!」と書かれてあった