闇の眼球
この闇の空漠と
この闇の沈沈と
靴は千切れた鋲鉄の音を
洋服は腋下と股下の繊維の摺れ音を
風呂敷包みはアルミの弁当箱に転がる梅干種の音を
けれど人の気もなしの僕の歩行
僕はいるのかいないのか
満ちなどあるのかないんだか
そして何だかギョロッと剥いた眼球のようなものが
この烏羽玉の闇より濃い黒で
僕を誘うているような
とめどもない一めんの平板と
足のやり場もない屹立する何かと
そのざわめきと
その沈黙と
僕の顔は黄色で
僕の洋服は茶褐色で
僕の風呂敷は浅黄色で
ネクタイだって紅い縞で
あゝ僕はそれを何度も胸に繰返し
折角白昼の記憶に縋ろうとするんだが
頭痛のように犇く黒い密度の
すっぽり足元を浮き上がらせる深い静寂の
重たい
無限の
闇
たしかに両側は生垣で
その生垣の間の細い道で
たった今まで
手探らなくても順染んでしまった家路は筈で
急にグランドキャニオンが眼下に直下したような
ハリー彗星が股座を流れるような
しかしやっぱり
僕の身体は動いている
そんな心の傾倒に暇借なく
地を這うような
空間を泳ぐような
そしてその僕の前を揺曳する
何だかギョロッと剥いた眼球のようなもの
この闇の空漠と
この闇の沈沈と
あゝあの眼球は
切り裂いた僕の胃袋のようであり
敗戦直前の日に通過した満鮮国境図們駅の 冷たいベンチから眺
めた黒い山磈のようであり
どっかで鳴っている大砲の音のようであり