方三尺の空(遺稿)
毎日病床から見る
方三尺の空の明るさ
その高い窓には
樹木ものぞかないし
鳥影のうつる時もない
しかし
その窓の明るさは
適確に深まる秋を告げて
あますところがない
病む人はその率直な自然の啓示に驚きながら
まるで魔術師のように
方三尺の明るい天のカンバスに
毎日新しい空想の絵を描く
不思議にもそれらの絵は
かつて健康だった頃の
如何に重要な経験の記憶よりも
更に強く
更に鮮かに
病む人の胸に
重なりたたまれて行くのであった
(昭和二七年十月二十四日東大清水外科病室にて口述)
上林猷夫「池田克己のこと」(「詩学」第八巻第四号)より