海の夜

鳴っている
海の夜
星のいっぱいある空と
昏い海の上をさしこうてくる波頭の白
僅かに起伏(おきふし)の分ち見える砂丘
鳴っている 野獣のような
轟 轟 轟 轟
   ああ
   かち合う
   ひそかな
   二人の歯音

二人の歯音に弾ける海の夜
二人の歯音に消える 轟 轟 轟 轟
海に墜ちる
無数の星の矢鏃
天に雪崩れる
砂丘の起伏

ふたゝび鳴っている
海の夜
僕は見た
君の眼の中の湖水(みづうみ)の色を
君は見た
僕の眼の中の山脈の形を
ああ鳴っている
轟 轟 轟 轟
その向うに
浮き上り沈む
二人の
故郷(ふるさと)
その
深い静寂

(草野心平編「日本恋愛詩集」より)

2024年08月01日|池田克己:その他(詩)