海の夜
鳴っている
海の夜
星のいっぱいある空と
昏い海の上をさしこうてくる波頭の白
僅かに起伏(おきふし)の分ち見える砂丘
鳴っている 野獣のような
轟 轟 轟 轟
ああ
かち合う
ひそかな
二人の歯音
二人の歯音に弾ける海の夜
二人の歯音に消える 轟 轟 轟 轟
海に墜ちる
無数の星の矢鏃
天に雪崩れる
砂丘の起伏
ふたゝび鳴っている
海の夜
僕は見た
君の眼の中の湖水(みづうみ)の色を
君は見た
僕の眼の中の山脈の形を
ああ鳴っている
轟 轟 轟 轟
その向うに
浮き上り沈む
二人の
故郷(ふるさと)
その
深い静寂
(草野心平編「日本恋愛詩集」より)