詩人路易士

君は僕と同年
しかし君の鼻の下には立派な髭があり
君は僕より痩せていて
背丈は三四寸も高い
君の日本語に接続詞はないけれど
君は詩人だから
君の日本語は純粋にして
皆詩だ
(僕は下手な詩だ まだなかなかデス)と君はいう
しかし二人で歩いていると
(歴史の上を歩く四本の脚)と君はいう
馬上侯の夥しい老酒の甕を前にして
(この甕の一つ一つが一行一行の詩)と君はいう
老いはてた中国の文壇は君を軽蔑するだろう
君はそれを悲しまない
むしろ痩せた肩が聳えるだけだ
誰誰はいいといえば
君は大急ぎで
(僕よりまだいいか)と問う
君はたった一人の自分を おそろしく存分に信じている
けれど
それは君の傲慢ではない
始点はつねに一個だとなす天下の公理への忠実さだ
君の「詩領土」は同人が九十人になったといい
予約をつのり金を集め紙を買って
三百頁の詩集を出すのだという
多分君の計算は狂うだろう
しかしまるで一秒の間も新陳代謝を休まない
君の皮膚だけはきっと残る
だから君は明るい
ああ万事万象君にとってすべて詩であり
君の多忙さに僕も信じる
(日本と中国が喧嘩してから僕感口行きました 長沙行きマス
  貴州行きマス 雲南行きマス それから仏印 香港ダ)
君の放浪
君の回帰
今こそ大胆に君はいう
(二十世紀よさようなら
詩よさようなら
文学よさようなら
上海よさようなら
地球よさようなら)
(文化はない 希望はない 光りはない)
(中国の文学 今は無いデス)
訣別は君の勇気
絶望は君の「出発」
僕は君の三白眼から
必殺の剣を感じる
僕は君の離したことのないステッキの先きから
若い中国のかなしい怒りを感じる
君は老大国
リアリスト中国の
礼節を踏み躙った
「請請(チン チン)」の品のいい口元へ拳固をあてた
しかも尚君は
(世界の詩は日本から)という僕の言葉に
(世界の詩は中国から)と頑固にいう
ああ地球動乱の日の
かかる亜細亜の稚い諍いを
世界の誰が知っていよう
五十五元の竹葉青よ
六十五元の花彫よ
も一斤だけ買える二人の財布よ
君も貧乏
僕も貧乏
君の子供はよく病気し
僕の二人はよく泣く
しかし何と豊富な君と僕の饒舌
政治など口にしなくとも
もう充分だ
君はがむしゃらに中国を愛し
僕はがむしゃらに日本を愛し
君は僕らの友だ
君と僕らは充実している
髭を生やした君の若さは美しく
君のとぼけた必死な顔は
大変いい
ああいい

2024年08月03日|池田克己:法隆寺土塀